けんぼうは留年生

ノンジャンルで何か書きたくなった時に書く感じ

愚痴

バイト先の塾で塾長と揉めたという話。
 塾長は親子ほど年の離れたおじさんで、塾は個人経営で小さなところ。昔は生徒もそれなりに多くいたようだが、今は寂れて事実上のマンツーマン授業になってる。
 ある時1つの教室で僕と塾長が並行して授業していた時、塾長が英語の単数形/複数形を説明するのに「(日本と比べて)西洋は盗みや騙し合いが文化的に多くそういったものが言語にも反映されている」的な理屈を開陳してた。
おいおいおいおいちょっと待て
どう考えてもこれはただの偏見で何も知らん子供に偏見を刷り込むなんてあり得ない。
というわけで授業後生徒のおらんところで反論を試みた。
 「話を一部しか聞いてないからだ」とか「あなたも西洋に行ってみれば分かる」を「それは話の本筋と関係無い」で蹴り続け、「複数形の登場が2000年以上前であること」や「中国語にも複数形が無いこと」「太平洋の南の島国にも複数形がある(それどころか双数形に三数形など細かくある)」などを並べて論じたのだが、その説が事実からほど遠い偏見であるということは伝わらなかった。最終的に僕は抗弁に疲れ、「そういう考え方もある」みたいな雑な言い逃れを許して終わった。

 結局のところ僕はどうしたら良かったのだろう。子供に偏見を吹き込む大人を黙って見逃せば良かったのだろうか。僕にもっと人の気持ちを操る力があれば、相手が受け入れやすいように話を上手く持って行って納得させることが出来たかもしれない。僕にもっと根性があれば、あそこで引き下がらず押し続け何らかの決着をつけることが出来たかもしれない。でも僕にはそのどちらも出来なかった。
 どだい僕はリアルタイム議論に向いてない。肝が座ってないので少し相手が強く出るとすぐ引いちゃうし、空気をコントロールする術も知らないし、頭の回転が遅いから反論がしどろもどろになりがち。話が終わってから反論思いつくなんてこともしばしば。(今も「2000年以上前〜」のくだりが一番筋として良かったからもうちょっとしつこく押せば良かったなどと考えている。)

 どうしたら良かったんだろう。無力感に包まれたというお話。